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- いいご縁を、いつも身近に — 11月5日『縁結びの日』と“ご縁”を結ぶ
11月5日は「縁結びの日」です。 島根県の「神話の国 縁結び観光協会」によって制定 されました。また、 語呂合わせのほかに古来からの神話・信仰の二つの要素があります。 「縁結び」が重視されるのは、島根県の出雲大社(出雲大社)に伝わる「全国の神々が旧暦10月(新暦でおおむね11月)に出雲に集まり、『縁(えにし)』に関して話し合う」という神話的・宗教的な背景です。このため、11月5日という日付は、語呂合わせだけでなく「神在月(かみありづき)」という神事期間の流れとも結びついていると言えます。 もう少し詳しく見ると、旧暦10月、全国の神々が出雲の地に集まるとされ、その期間を「神在月」と呼び、逆に一般的な「神無月(かんなづき)」とは対照的な意味合いを持っています。このような「神々のご縁を結ぶ会議」的な伝承から、縁結び・ご縁の結び目という観念が強まってきたのだと思います。 出雲大社をはじめ島根県・出雲エリアで「ご縁の言葉」を募集 「縁結びの日」は「良い縁が結ばれ、また縁を大切にしよう」という意図を込めた記念日として、特に出雲地域を中心に観光・文化振興の文脈で活用されてきました。例えば、2025年11月5日には「いいご縁(115)」にちなんで、115文字以内で「ご縁の言葉」を募集するというイベントが展開されました。 引用: 11月5日・縁結びの日に「出雲大社へ届ける、ご縁の言葉」の募集を開始 島根県・出雲エリア「ご縁の聖地」で”いいご縁”(115)を https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000130521.html ご縁を想う日 — 日常の中にある“つながり”を見つめて 「いい(11)ご(5)えん(縁)」という語呂に込められた11月5日の「縁結びの日」。その背後には、出雲大社を中心とする神話・信仰という深い文化があります。2025年は、出雲大社での神在祭・縁結大祭をはじめ、地域を巻き込んだ縁結びイベントが各地行われています。私たちも、日常、無数の「ご縁」が巡っています。恋愛や結婚だけにとどまらず、仕事・趣味・地域・友人――そうした“つながり”を意識し、少しだけ行動を起こしてみるのも良いのだと思います。11月5日のこの日に「日頃お世話になっている人に感謝をする」「新しい出会いの場に足を運ぶ」「地元の神社でお詣りをしてみる」など。 “良いご縁”を結び、また今ある縁を大切に育てる一歩を踏み出せるような日になると良いと思います。
- 生卵をそのまま食べる国は少数派? 本日10月30日は「たまごかけごはんの日」
生卵は加熱して食べる国がほとんどで、アメリカやロシア、オーストラリア…アジア圏だと中国やタイなどは、生卵のまま食べる風習は無いとの事です。日本では卵かけご飯をはじめ当たり前のように生卵が食べられていますが、ほとんどの国の場合は加熱するか半熟の状態で食べられています。アジアや欧米、北欧など地域に関わらず古くから生卵を食べる習慣がなかった国では、現在でも生の状態で食べることに抵抗があるようです。ロシアなど国によっては生食可能な卵が販売されているようですが、値段は高価で、かつ加熱した卵が好まれることが多いため少数派のようです。逆に生卵が食べる国は日本以外として…フランス、チリ、ポーランド、韓国、台湾など様です。日本の卵が海外へと輸出され販売もされ、ヨーロッパでは、パスタやドレッシングに…韓国ではユッケやチゲなどに使われています。衛生管理が整った国(環境)では生卵を食している感じですね。 徹底した管理のおかげで日本は生卵が食べられます 日本が生卵が食べられるのは徹底した衛生管理のおかげなのはいうまでもありません。 出荷前に殺菌処理を行う事やサルモレラ菌のワクチンを接種する、餌に抗生物質を混ぜる…賞味期限の記載など環境中にも存在するサルモネラ菌が殻などに付着する可能性が全くないわけではありませが、日本では卵を出荷する前に殺菌処理することが食品衛生法で定められているため、海外ほど感染する可能性が低いです。現在日本の卵の、サルモネラ菌が付着している個数は10万個に3個程度とも言われています。 物価の優等生「卵」は、今は昔? 卵がずっと安かった理由は、生産者のコスト削減の努力と補助金の存在などがあげられます。また、販売者側の客寄せ商品として取り扱っていたケースや手軽に摂れる貴重な動物性タンパク質としてお弁当やサンドイッチ、お菓子類など色々な商品に使われてきました。 しかし、ここ数年、鳥インフルエンザや、トウモロコシの高騰により価格が徐々に上昇。 最近ではウクライナ情勢の悪化により、インフレの流れに巻き込まれている状態です。 ウクライナは世界のトウモロコシ輸出の10%強を占めていたので、食料生産地帯を被害地とする戦争は市場を高騰させました。ウクライナが戦地になったことで作付面積が減少し世界規模での収穫量が減っているようです。 変わりゆく時代に、変わらない一皿。生卵を食べられる国に生まれて… 私たちが日常的に口にする「生卵ごはん」は、実は世界でもまれな特別な食文化です。安心して生卵を食べられるのは、生産者の地道な衛生管理と、流通までを支える仕組みがあるからこそ。その背景には、「安全でおいしい卵を届けたい」という人々の努力が息づいています。一方で、気候変動や国際情勢によって、卵の価格や生産環境は大きく揺れ動いています。これまで“物価の優等生”と呼ばれてきた卵も、決して当たり前に手に入るものではなくなりつつあるのかもしれません。
- “ひとまわり、ふたまわり”―10月20日リサイクルの日に考える3Rの実践
日々ペットボトルなど、ゴミを分別してリサイクルしている…と思われていますが実際には、分別されたペットボトルのうち、再びボトルとして生まれ変わるのはほんの一部。リサイクルの仕組みが整っていても、汚れや混在、コストの問題で多くが燃やされているのが現実だそうす。10月20日「リサイクルの日」は、「ひとまわり(10)」「ふたまわり(20)」という語呂合わせで、 1990 年に、日本リサイクルネットワーク会議と 地域交流センター によって制定され、 資源がもう一度、そしてもう一度、社会の中で循環することを願って制定されました。 私たち一人ひとりの暮らし・社会・地球環境との関わりを見つめ直すきっかけでもあるのかな…と、思います。 リサイクルの定義と3R この記念日が押し付けるのではなく浸透させようとする柱は、3 Rと呼ばれ、 リデュース(Reduce)リユース(Reuse)リサイクル(Recycle)からなります。 リデュース(Reduce):資源の使用量を減らすこと。包装を簡素化したり、マイバッグを使ったり。 リユース(Reuse):使用済みのモノや部品を繰り返し使うこと。修理したり、フリーマーケットで再利用したり。 リサイクル(Recycle):廃棄物などを資源として再利用すること。分別回収や再商品化など。 こうした言葉が社会的に浸透し始めた背景には、資源枯渇・廃棄物増大・地球環境負荷の増加という問題意識が叫ばれ始めた、平成初期頃からありました。“循環型社会”という方向性が、徐々に行政・企業・市民のキーワードとなってきた経緯があります。 3R推進として地方自治体の取り組み 千葉市では、「3R推進月間&食品ロス削減月間」パネル展示を、10月21日(火)~10月27日(月)・Qiball(きぼーる)アトリウムにて実施。ごみ減量・資源化、プラスチックごみ削減、食品ロスの観点から展示・啓発を行うそうです。 引用: 千葉市 3R推進月間&食品ロス削減月間 https://www.city.chiba.jp/kankyo/junkan/haikibutsu/3r_event.html 宇部市では、「ホビーフェス with 3R推進イベント」として、11月30日(日)にプラモデル部品を回収して再生利用する「ガンダムR(リサイクル)作戦」などワークショップ形式の3Rイベントを実施されるそうです。 引用: 宇部市 ホビーフェス with 3R推進イベント https://www.city.ube.yamaguchi.jp/kurashi/gomi/genryou_recycle/1002098/1026104.html 10月20日を機に、今を、未来を、つなぐ 私たちの身近な実践機会として、衣類・雑貨などの不要品回収に協力する、ペットボトルやプラスチック容器等の “正しい分別・回収” を意識する、「使い捨て」から「繰り返し使える・資源として活かせる」モノを選ぶなど、3R環境を考えた暮らしを日常に取り入れる努力が必要だと思います。「ひとまわり」「ふたまわり」という言葉には、ひとつのモノ・資源がただ消費されるだけではなく、再び使われる、循環するという希望の意味が込められているのだと思います。私たち一人一人がその考えを持つことで、“記念日”が“生活習慣”に近づくのだろうと思います。暮らしのなかで、本当に価値のある“モノの流れ”を見つめ直し、使い終わったら捨てるではなく、使い終わっても誰かの手に渡るかもしれない。包装が簡素なら資源投入が少ない。分別をきちんとすれば、再び資源に戻る可能性が高まる…。 そんな小さなアクションが積み重なれば、未来の地球にとって大きな力となると思います。
- 汽笛が響く記憶―10月14日は鉄道の日 鉄道が紡いだ150年の物語
普段、電車や鉄道を利用する機会はあっても、その歴史や意義に思いを馳せることは案外少ないものですよね‥。 鉄道の日の出発点は、1872年(明治5年)10月14日、新橋駅(後の汐留貨物駅付近)と横浜駅(現在の根岸線桜木町駅付近)を結ぶ区間が開業したことにちなみ、1922(大正11)年に日本国有鉄道が鉄道記念日として制定しておりました。当時は旧暦9月12日付で予定されていた開業でしたが、新暦換算で10月14日にあたることから、この日が鉄道の“はじまりの日”とされたそうです。 「鉄道の日」への改称と現代の意義 戦後以降、鉄道の運営主体は変遷しました。国鉄の分割民営化後、鉄道業界は JR をはじめとする民鉄各社へと移行しました。1987年(昭和62年)に国鉄が解体・民営化された後、記念日の名称見直しが議論され、1994年(平成6年)、運輸省(現・国土交通省)の提案により、これまでの「鉄道記念日」を「鉄道の日」と改称しました。この改称には、JR を含めた鉄道事業者全体が参加できる記念日とすること、鉄道が国民生活に深く根付いた交通手段であることを広く共有するという意図があったそうです。以来、毎年10月14日を中心に、鉄道関係者・鉄道ファン・地域社会などが連携して、鉄道の魅力を発信する各種イベントが開催されるようになり、この日を含む前後期間を「鉄道旬間」として定め、1週間~10日ほどを鉄道に関する広報やイベント、記念乗車券の発売などに充てる鉄道会社も多くあります。 2025年の「鉄道の日」関連イベントは? 鉄道フェスティバル(お台場) 毎年、鉄道の日を記念して国内最大級の鉄道イベントが東京・お台場で開催されます。2025年も 第32回「鉄道フェスティバル」 が、10月11日(土)・12日(日)の2日間、お台場イーストプロムナード「石と光の広場」「花の広場」で行われる予定です(10:00〜17:00)。 主催は「鉄道の日」実行委員会で、鉄道各社・鉄道機関・鉄道ファン活動団体などが出展し、模型展示、部品展示、グッズ販売、鉄道体験コーナーなどが予定されています。 引用:第32回鉄道フェスティバル <イーストプロムナード 石と光の広場 / 花の広場> https://www.tokyo-odaiba.net/event_shopping/train_202510/ YOKOHAMAトレインフェスティバル2025 横浜では10月4日(土)~5日(日)に、横浜駅周辺で「YOKOHAMAトレインフェスティバル2025」が開催されます。鉄道グッズ販売や部品展示などが企画されています。 引用:YOKOHAMAトレインフェスティバル2025 https://www.tetsudo.com/event/56793/ 時間をつなぐレールの上で‥ 鉄道は単に列車が走る線路や車両だけでなく、それを支えるインフラ、技術、運行・保守にかかわる人々、そして駅を中心に広がるまち・街並み・文化と密接につながっている存在です。近代の交通革命の象徴として、鉄道は蒸気機関車時代から電化、高速化、自動化・制御技術、車両設計、さらには沿線開発やまちづくり、観光、交流、環境対策など、さまざまな方向で日本の発展とともに歩んできました。その歩みを振り返ることは、過去への敬意を込めるとともに、未来への視点を得ることでもあります。 10月14日「鉄道の日」。こうして振り返ってみると、鉄道ってただの“移動手段”じゃないんですよね。仕事に行く電車も、旅に出る列車も、誰かの毎日や思い出を運んでくれている。そんな存在です。学生時代に通った通学路の線路沿い、社会人になって初めて出張した新幹線、家族旅行で乗った特急列車――。どの瞬間にも、ちょっとしたドラマがありました。そして、そのどれもが「鉄道」という見えないインフラの上で支えられていたと思うと、なんだか胸があつくなります。2025年の鉄道の日も、各地でイベントや展示が開かれています。新しい列車を見たり、古い鉄道の部品に触れたり、そんな時間を過ごしてみるのも良いかもしれません。鉄道をきっかけに、過去を懐かしんだり、これからの旅に思いを馳せたり…。そんな穏やかな時間が生まれるのも、この日の魅力ですね。
- 月に手を伸ばす夜。2025年10月6日、中秋の名月
「中秋の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)」とは、旧暦8月15日の夜に見る月のことを指し、この 旧暦の8月15日は秋の真ん中にあたることから「中秋」と呼ばれています。 もともと中国から伝来した風習で、平安時代以降、日本でも貴族や文人たちの月見の宴が催され、次第に庶民にも広まっていきました。旧暦では、毎月1日が新月(朔)とされ、新月から15日目あたりが満月となることが多いため、旧暦8月15日の夜の月は「秋の真ん中の月」かつ「最も美しい月」とされて、「名月」と呼ばれるようになったと考えられています。また、 江戸時代には庶民にも広まり、主に農村部ではこの時季に穫れる作物の豊作を祈る収穫祭と結びつき芋名月いもめいげつと呼ばれ親しまれておりました。 現代では、太陽暦(グレゴリオ暦)と月の満ち欠けとのズレがあるため、中秋の名月の日付は年ごとに変動します。2025年、今年の中秋の名月は 10月6日(月) にあたります。 「中秋の名月」は必ず満月か? 一般に「十五夜=満月」というイメージがありますが、天文学的には必ずしも一致しないそうです。月の公転軌道は楕円形であり、月齢(新月からの経過日数)は一定ではなく、13.9日から15.6日程度の幅で変動します。それゆえ、旧暦15日(中秋の名月)と天文学上の満月(望)の日付がずれるケースが多くあるそうです。2025年の場合、中秋の名月が10月6日ですが、満月になる瞬間は10月7日 となっているそうです。 このズレを文化的に見ると、多くの場合「欠けた満月」という趣を尊び、「丸すぎない月の方が風流」という美意識も存在します(完全な満月よりも、わずかに欠けている月のほうが趣深いという感覚)。 「十五夜」「十三夜」「十日夜」などとの関係 日本の伝統行事には、中秋の名月に加えて「十三夜(じゅうさんや)」「十日夜(とおかんや)」などもあります。 十三夜: 旧暦9月13日夜の月見。この十三夜も月を愛でる風習があり、十五夜との双方を尊ぶ考えから「二夜(つき)」という言葉も使われます。2025年の十三夜は 11月2日になるそうです。 十日夜: 旧暦10月10日の夜。地域によってはこの十日夜に農耕に関わる祈願をする行事もあるそうです。 こうした複数の月見行事を通じて、日本独自の月や秋の夜の風情を段階的に楽しむ文化が育まれてきました。また、十五夜=中秋の名月というイメージが強くなった一方で、地域ごとに風習(供え物、詩歌、祭事など)に特色が残っている点も、日本独自の月見文化の魅力といえますよね。 中秋の空の下で…月に心を映す夜の中秋の空の下で 中秋の名月は、単なる天体観賞以上の意味を持ってきました。古来、多くの詩歌・随筆・書画などで月が題材とされ、月見は自然や心象、季節の移ろいを感じる機会でもあります。静かに月を眺めながら語らうことで、時の流れや無常観を感じる。 現代の私たちも、SNSに写真を投稿したり、短い言葉を添えるだけで、どこかで同じ月を見ている誰かとつながれる時代になりました。でも、その感覚は、千年前の歌人たちと同じなのかもしれませんね。
- 10月1日はコーヒーの日 — 香りと歴史を味わう日
朝、淹れたての一杯をすする瞬間には、小さな幸せがぎゅっと詰まっている。10月1日は、その「一杯」を祝う『コーヒーの日』です。カフェで友と過ごす時間、自分のデスクで気分を切り替える時間、コーヒー好きには、コーヒーがもたらす多様な瞬間は至高の時間ですよね。 「コーヒーの日」なぜ10月1日なのか? 日本における「コーヒーの日」は、一般社団法人 全日本コーヒー協会が1983年に制定したのが始まりとされています。日本では10月になると気温が下がり、温かい飲み物としてのコーヒーの需要が高まる時期であるため、この季節性を踏まえて制定されたとのことです。 一方で、世界的には、コーヒー生産の大国・ブラジルの事情が深く関係しているようで、ブラジルではコーヒーの収穫サイクルが9月末を区切りとしており、10月は“コーヒーの新年度(新シーズン)の始まり”と見なされる。世界のコーヒー流通においてブラジルの影響は大きく、こうした産地側の暦に合わせて国際的な記念日も10月1日に定められているそうです。(国際コーヒー機関(ICO)は2015年に「国際コーヒーの日」を10月1日としました。)国内の“需要が高まる季節”という事情と、国際的な生産サイクル(ブラジル中心の新年度)という事情が合わさり、10月1日が世界的にも日本でも「コーヒーの日」として定着しているそうです。 2025年のコーヒーイベント 全日本コーヒー協会:COFFEE DAY オンラインフェス2025 全日本コーヒー協会は、10月1日の「国際コーヒーの日」から1か月間にわたり動画企画を中心とした「COFFEE DAY オンラインフェス2025」を実施。コーヒーの魅力を伝える動画配信や視聴者プレゼントなどを展開する予定で、協会の公式ページで案内されている。ソーシャルメディア経由での視聴と応募が可能な形式になっているようです。 引用:全日本コーヒー協会 国際コーヒーの日オンラインフェス https://coffee.ajca.or.jp/seminar/internationalcoffeeday2025/ 香りの記念日に寄せて未来へ続くコーヒー文化 10月1日のコーヒーの日は、ただのカレンダー上の記念日を超えて、世界の生産・流通のリズムと私たちの日常の時間を考えるきっかけになる日でもありそうです。ブラジルの収穫サイクルや国際的な動き、そして国内の“温かい飲み物が恋しくなる季節”という感覚が重なって、10月1日は「コーヒーを味わう理由」をくれますね。
- 核兵器のない明日へ:9月26日に私たちができること
「核兵器の全面的廃絶の国際デー」は、毎年9月26日に制定・実施される国際的な記念日です。この日は、核兵器の危険性を改めて認識し、全世界で核兵器を廃絶すべきという意志を新たにする機会とされています。この記念日が制定された背景には、核兵器廃絶をめぐる国際的な努力と懸念の高まりがあり、2013年、国連総会は「核軍縮および核兵器の全面的廃絶を強化するための高レベル会合」を開催しました。その会合は、核兵器の廃絶という目標を改めて国際社会が共有すべきだというメッセージを強める場となりました。 日付選定の意味:1983年の警報誤報事件との関係 9月26日という日付には、意義深い “偶然の一致” も指摘されているそうです。それは、1983年9月26日に、旧ソ連(当時)の早期警戒システムにおいて、米国からの核ミサイル攻撃を誤報とするシステム故障が発生し、一時的に核発射を検討した可能性があったという事件があるためです。もし判断が遅れていれば悲劇が起きた可能性もあったとされるこの事件は、「核軍備と警報・制御システムのリスク」を象徴するものとして語られているそうです。 ただし、公式決議文そのものにはこの警報誤報事件への言及は含まれておらず、日付を選んだ際にはこの歴史的な偶然性を明示的には挙げていないそうです。 日本国内での焦点 日本においては、「日本核兵器廃絶キャンペーン」が、国連情報センターと連携し、東京などで関連イベントを共催する活動をされています。日本は、広島・長崎での被爆の歴史を持つ「被爆国」であり、核兵器廃絶をめぐる国内世論や政策議論には特別な重みがあります。 国際デーや種々の催しは象徴的・啓発的意義を果たしますが、それを現実につなげていくには多くの課題があります。 核兵器を巡る現況 — 増大するリスク 現在、世界には1万七千発程度の核兵器が存在すると推計されています。 ロシアや中国、アメリカなど大国が相互の核戦力やミサイル技術を強化する姿勢を見せており、それが他地域の軍備増強を誘発する「スパイラル」の危険性も指摘されています。 核技術の平和利用という名目を装って拡散リスクを高める動き、あるいは非国家主体への技術流出リスクといった懸念も見過ごせないと思います。 記憶と意志を行動に変える日 9月26日の「核兵器の全面的廃絶の国際デー」は、単なる記念日ではなく、核兵器という人類最大の脅威に対して、意志と行動を問い直す日です。歴史的背景と制度的枠組みを確認し、より実践的な運動や政策的連携、若い世代への継承が問われていることがわかります。 日本は被爆国でありながら、禁止核兵器条約に未加盟という現状を抱えています。そのギャップをどう埋め、国内外の運動と政策をつなげていくかが、今後の大きな課題だと思います。また、世界的には核の軍拡・抑止主義の動きが逆流として圧力をかけつつあり、それをどのように抑え、脱却の道に転じさせるかが問われています。 「記憶を風化させない」「被爆の実相を伝える」「政策と市民の意志を接続する」——こうした取組を一つひとつ積み重ねていくことこそが、9月26日の精神を生かす道だと思います。皆がこの日をきっかけに、自らの言葉で考え、声をあげ、行動できるような世界になれば良いと感じています。
- 脇役だったかいわれ大根が主役になる日:9月18日 “芽吹きの香り”を感じて
かいわれ大根の日は、1986年に、当時「日本かいわれ協会」(現在は日本スプラウト協会)によって制定されました。 記念日制定の協議をした会合が9月 で18日は、数字の「8」の下に「1」 を置くと、かいわれ大根の姿(芽と茎が伸びる様子が、 かいわれ大根のような形に見える )になることから、この形状を模したものとしてこの日が選ばれています。 この記念日の目的は、「無農薬の健康野菜であるかいわれ大根にもっと親しんでもらうこと」。かいわれ大根の持つ栄養・風味・食文化としての魅力を、より多くの人々に知ってもらいたいという思いからとのことです。 また、かいわれ大根自体は古い歴史をもっており、平安時代の文献にも登場します。特に、「黄菜(おうさい)」と呼ばれるもののひとつとして記録され、「さわやけ」とも呼ばれていたという記述があり、昔から日本の食文化の中で育まれてきた野菜だそうです。 かいわれ大根の栄養価:小さな芽に秘められたパワー かいわれ大根は、大根の新芽。つまり「スプラウト野菜」のひとつです。スプラウトは成長のエネルギーが凝縮された食材で、かいわれ大根もまた栄養の宝庫。 ビタミンC、ミネラル類も豊富。栄養がありながら、カロリーは低く、100gあたり約20kcal程度。ダイエット中でも安心して取り入れられるのも魅力です。かいわれ大根は「小さな芽の形をした、栄養のエネルギーカプセル」なのです。 感情を込めて考える---かいわれ大根の日に寄せて いつもの料理にちょっと振りかけるだけで、視覚と味覚と香りのアクセントになる かいわれ大根。小さいけれど、強い。生命力の象徴であり、栄養価の宝庫であること。ピリッとした辛さやシャキシャキした食感は、存在自体が「生きている野菜」の証し。普段は薬味だったり飾りだったり、名脇役のポジションにいることが多いけれど、記念日として主役になるとき、その存在意義がぐんと深まりますね。個人的には納豆と海苔とかいわれを巻いて食べるのが大好きです。
- 今日はハヤシの日!知って食べたいハヤシライスの秘密
「ハヤシの日」は、洋食・ハヤシライスの生みの親とされる「早矢仕有的(はやし ゆうてき)」さんの誕生日である、9月8日にちなんで制定されました。 早矢仕有的 さん は1837年9月8日、岐阜県美濃国武儀郡(現在の岐阜・山県市)で生まれ、医師を志していたものの、福澤諭吉に師事して「丸屋商社」を創業し、後に総合商社となる「丸善」の前身を築いた人物です。彼が訪日する外国人の客人をもてなすために“ありあわせの肉や野菜をご飯とともに振る舞った”ことが、後に「早矢仕さんのライス」と呼ばれるようになり――それがやがて「ハヤシライス」として広まった、というのが一般的に語られる起源だそうです。そしてこの“ハヤシライス”にまつわる文化を伝え続けたいとの想いから、2016年に株式会社丸善ジュンク堂書店が「ハヤシの日」として制定し、日本記念日協会に登録されました。 ハヤシライス文化と丸善の歩み 1954年(昭和29年)には、丸善日本橋店の屋上レストランで「丸善のハヤシライス」として提供が始まり、半世紀にわたる人気を博しました。 1989年(平成元年)には創業120周年を記念して、洋食シリーズ缶詰「新厨房楽」を発売。 2016年(平成28年)9月には、レトルトパックシリーズ(「ハヤシビーフ」など)を発売し、家庭でも手軽に楽しめるようになりました。 こうした取り組みが、“食の文化”としてのハヤシライスの普及に寄与しているのです。 一般的に、カレーライスが、ルーがベース。ハヤシライスは、デミグラスソースがベースとされています。 2025年「ハヤシの日」の特別イベント 2025年も「ハヤシの日」を記念して、丸善ジュンク堂書店が全国でさまざまな特別キャンペーンを展開しています。 ■ 数量限定:トートバッグセットの販売(9月2日~) Aセット:新厨房楽「ハヤシビーフ」3個+小トートバッグ 税別1,800円 Bセット:同5個+中トートバッグ 税別3,000円 Cセット:同10個+大トートバッグ 税別6,000円 ※B・Cセットは丸善 丸の内本店・日本橋店限定、他店舗はA・Bセットのみ取り扱い 引用: 9月8日は「ハヤシの日」~ハヤシライスの生みの親とされる丸善創業者 早矢仕有的の誕生日~(PRtimes) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000080.000027516.html?utm_source=chatgpt.com 9月8日の「ハヤシの日」は、堅苦しい記念日ではなく、もっと気軽に楽しめる“食のイベント”ですね。早矢仕さんが残してくれた一皿は、丸善のレストランやレトルト食品を通じて全国に広まり、今や誰もが知る洋食の定番になりました。今年も各地の書店カフェやレストランで特別メニューが登場し、限定グッズも用意されています。せっかくなら記念日に乗っかって、友だちや家族と「今日はハヤシの日だから!」と口実をつくって食べてみるのもいいですね。甘酸っぱくてコクのあるソースを一口ほおばれば、ちょっとした非日常を味わえるはず。9月8日、気取らず、笑顔で、ハヤシライスを楽しむ。それだけで、日常がほんの少し特別になるのが「ハヤシの日」の魅力ですね。
- 防災の日2025:過去の教訓から学び、未来への備えを考える
毎年、本日9月1日は、日本において「防災の日」と定められています。この日は全国で防災意識の再確認や訓練が行われ、多くの自治体や団体がイベントを展開する重要な日です。 防災の日が9月1日に定められた背景としての理由は大きく2つです。 関東大震災:1923年9月1日、マグニチュード約7.9の大地震により、東京・関東地方を中心に甚大な被害が発生し、死者・行方不明者は10万人以上とも言われています。 台風シーズン(雑節「二百十日」) 暦の上では「二百十日」にあたるこの頃は、台風の襲来が多い時期で、1959年の伊勢湾台風も甚大な被害をもたらしました。 この日を境に、災害への備えを常に意識するため、1960年に「防災の日」が成立し、その周辺1週間が「防災週間」と定められ、全国的な啓発活動が行われるようになりました 。 私たちにできる「防災アクション」 「防災の日」をきっかけに、自宅や地域でできる備えについて、考えてみましょう! 1、「防災グッズの点検」 非常食・水・懐中電灯・電池の使用期限や機器が正しく動くかをチェック。定期的な見直しが重要です。 2、「避難場所・ハザードマップの確認」 ハザードマップを活用し、自宅や通勤・通学ルートの危険性を再確認。避難ルートや家族の集合場所も話し合っておくと安心です。 3、「家族・地域との連携強化」 日頃から家族や近隣と防災の話題を共有し、緊急時の助け合い方や連絡方法を確認しておくと、災害時の安心につながります。 備えは暮らしの中に ― 横浜防災フェア2025と防災の日 例年、横浜赤レンガ倉庫で開催される 【横浜防災フェア2025】という 大規模イベント。今年も9月6日・7日に実施予定で、防災車両の展示、消防音楽隊の演奏、ステージイベントなど盛りだくさんの内容とのことです。 防災の日は、特別な一日ではなく、日常を映す鏡のような存在です。大きな備えは難しくても、非常食を見直す、家族と避難場所を話し合うといった小さな行動なら今日から始められます。私たち一人ひとりの心がけが、地域全体の強さにつながり、未来の安心を形づくります。災害は忘れた頃に訪れるもの。だからこそ「いつもの生活の中で備える」という姿勢こそが、最も大切な防災なのです。
- 発明から67年―8月25日は即席ラーメン記念日 インスタントラーメンの軌跡
毎日の食卓に、あるいは夜食や小腹が空いたとき、私たちの強い味方となってくれるのが即席ラーメンです。手軽で美味しく、しかも世界中に広がった日本発の食文化。その原点となったのが1958年8月25日に発売された日清食品の「チキンラーメン」です。この発売日を記念し、日本記念日協会によって「即席ラーメン記念日」が制定されました。 即席ラーメン記念日の経緯 発明の背景→戦後の日本は、食糧難の時代。そんな中、「誰もが手軽に、美味しくて栄養のあるものを食べられるようにしたい」という思いから、日清食品の創業者・安藤百福氏は研究に取り組みました。研究小屋で試行錯誤を繰り返し、油で麺を揚げて乾燥させる「瞬間油熱乾燥法」という画期的な技術を生み出し、ついに「お湯を注げば3分で食べられるラーメン」を完成させたのです。 チキンラーメン誕生 1958年8月25日、日清食品は世界初の即席ラーメン「チキンラーメン」を発売しました。当時、うどん1玉が6円の時代に、85グラム入りで35円とかなり高額でした。しかし「保存がきく」「すぐに食べられる」「美味しい」という利便性が評価され、爆発的な人気を博しました。これにより、日本人の食文化は大きな変化を遂げ、のちに「カップヌードル」など数々の製品へと進化していきます。 記念日の制定 この歴史的な出来事を記念し、日本記念日協会により8月25日が「即席ラーメン記念日」として登録されました。毎年この日には、発明者の功績をたたえ、また即席ラーメンが世界に広げた日本食文化の魅力を再確認する機会となっています。 即席ラーメンがつなぐ過去と未来 1958年の「チキンラーメン」発売から67年。今や即席ラーメンは、世界中で愛される食文化へと成長しました。忙しい日常の中で手軽に楽しめるだけでなく、被災時の非常食としても頼りになる存在です。また、世界中でアレンジレシピが広がり、食の多様性を支える大きな役割も果たしています。3分で完成する一杯のラーメン。その背後には、数年にわたる研究と挑戦、そして食文化を変革した大きな物語が隠れています。8月25日「即席ラーメン記念日」は、そんな物語を思い出しながら、私たちが普段何気なく食べている一杯に込められた価値を感じる日でもあります。今年は、ぜひ記念日に合わせて即席ラーメンを楽しみ、その歴史と未来に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
- 夏を繋ぐ一球─8月18日 “高校野球記念日”が刻む青春
日本における「高校野球記念日」は、 大正4年 ( 1915年 )8月18日に、大阪府豊中市の豊中球場(豊中グラウンド)で第1回「全国中等学校優勝野球大会」が開幕したことに由来します。当時の大会には、各地区の予選を勝ち抜いた10校(東北・東海・京津・関西・兵庫・山陽・山陰・四国・九州の9地区と、春の東京都下大会優勝だった早稲田実業)が参加し、8月22日に決勝戦が行われ、京都二中が秋田中を2–1で破り初代優勝を果たしました。 大会は順調に発展し、第10回大会からは兵庫・西宮市にある阪神甲子園球場が開催地となります。そして1948年の学制改革を経て、大会名は「全国高等学校野球選手権大会」と改称され、今なお「夏の高校野球」「夏の甲子園」として国民的な注目を集める大会へと成長しました。 記念日にまつわる伝統・象徴 当時は、完全な野球規則がなかったそうで、この時に、試合前後の礼式(あいさつ)を採用し、現在まで受け継がれています。平岡寅之助副審判委員長は「徳義を重んじる勇者の試合には、必ず付随すべき礼儀として制定した」と話しており、西洋で生まれたスポーツマンシップの精神とも相通じる作法となりました。これは、野球だけではなく、多様性多様性といいように解釈された今でもずっと受け継いでいって欲しいものですね。 また、開幕式・伝統の演出現代では、開幕試合の始球式で朝日新聞社のヘリコプターからボールが投下される演出や、敗者・優勝者問わず選手が甲子園の土を拾って持ち帰る風習も広く知られていますね。 2025年の今年の第107回全国高等学校野球選手権大会は… 2025年の大会標語は、三年級生・名渡山乃愛さんの投稿「心をひとつに夢の先まで!」が採用されました。中嶋設備のある神奈川県大会は、172チームが出場し、横浜高校が出場いたしました。 また、熱中症対策と試合時間の工夫として、ここ数年続く「酷暑」への対応として、昼間の気温が最も高くなる時間帯(正午〜午後2時頃)は試合を組まないという運営方針が継続されています。甲子園球場は直射日光を遮るものが少なく、グラウンド上の体感温度は40度を超えることもあり、熱中症リスクが極めて高い環境です。選手の安全を守るために、組み合わせや日程に「インターバル」と呼ばれる休憩時間を導入し、試合の開始時間を午前中と夕方以降にずらす工夫が行われています。この取り組みは2023年から試行的に導入されたもので、2025年はさらに徹底された形となりました。試合が中断する時間帯には、観客席でもミストシャワーや氷のう配布、給水所の設置などが実施され、球場全体で「安心して野球を楽しめる環境づくり」が進められています。 こうした運営方針の背景には、「スポーツは健康のための活動であり、命を危険にさらしてまで続けるものではない」という考え方の広がりがあります。従来の「炎天下でも全力で戦う」姿に憧れる声も根強い一方で、選手たちの将来や健康を優先する方向性は、今の時代に合った変化なのでしょうね。 100年を超えて輝く青春─高校野球が問いかけるもの 青春の結晶としての高校野球夏の甲子園で全力を尽くす姿には、努力・友情・敗北と栄光が交錯する、人間らしい美しさが詰まっています。あの一瞬にかける熱意は、数えてきた100年以上の歴史が物語っているように思います。8月18日に始まった大会は、礼を重んじる精神や土を拾う儀式など、形として残る文化が多く受け継がれています。一方で、標語の公募や休養日の設定など、現代の選手や観客に優しい配慮も行われており、日本のスポーツ文化の柔軟さと進化を感じさせます。未来を担う若者たちは希望の光であり、その背中を見守る私たちにも何かを問いかけてくれます。











