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  • 桃の節句に込められた願い─ひな祭りの経緯と現代の過ごし方

    3月3日、ひな祭りという“祈りのかたち” 春の気配が少しずつ濃くなる頃。街には桃色の装飾が並び、店頭にはひなあられや菱餅が並びはじめます。3月3日、ひな祭り。正式には「上巳(じょうし)の節句」、または「桃の節句」と呼ばれる、日本の五節句のひとつです。ひな祭りは「女の子の健やかな成長と幸せを願う日」として知られています。 ひな祭りの経緯──流し雛から雛人形へ ひな祭りのルーツは、古代中国の行事「上巳節」にあります。旧暦3月最初の巳(み)の日に川で身を清め、災厄を祓うという風習がありました。この文化が日本に伝わり、やがて平安時代の宮廷行事と結びつきます。当時の日本では、人の形に切った紙や草で作った「形代(かたしろ)」に自分の穢れや災いを移し、川へ流す「流し雛」という風習が行われていました。これは、災いを水に託して遠ざけるという、極めて象徴的な儀式です。同じ頃、貴族の子どもたちの間では「ひいな遊び」という人形遊びが流行していました。この「ひいな(小さくてかわいらしいもの)」が、のちの雛人形の原型とされています。やがて室町時代から江戸時代にかけて、流し雛の風習と人形遊びが融合し、現在のように雛人形を飾る形へと発展していきました。特に江戸時代には、幕府が五節句を公式行事と定めたことで、3月3日は重要な年中行事として広く庶民に浸透します。豪華な段飾り、男雛と女雛、三人官女、五人囃子…。それぞれが宮中の結婚式を模した構成となっており、そこには「良縁」や「幸せな家庭」への願いが込められています。 桃の節句と呼ばれる理由 ひな祭りは「桃の節句」とも呼ばれます。これは旧暦3月3日頃に桃の花が咲いていたことに由来します。桃は古来より魔除けの力があると信じられてきました。『古事記』では、黄泉の国から逃げ帰る伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が桃の実を投げて鬼を退けたという神話が語られています。桃は“邪気を祓う象徴”なのです。桃のやわらかなピンク色は、春の訪れと生命の息吹を感じさせます。寒さを越え、芽吹きの季節へと向かうこの時期に行われるひな祭りは、自然のリズムとも深く結びついている行事なのです。 ひな祭りの食文化に込められた意味 ひな祭りには、伝統的な食べ物があります。 ・ひなあられ・菱餅・ちらし寿司・はまぐりのお吸い物・白酒 菱餅の三色(緑・白・桃色)には、自然の力や清浄、魔除けの意味が込められています。はまぐりは対になった貝殻しかぴったり合わないことから、「一生ひとりの相手と添い遂げる」という願いの象徴とされます。食卓そのものが“願いの舞台”になっているのです。 行事食とは、単なるイベントメニューではありません。それは「祈りを食べる」という、日本独特の文化表現でもあります。 変わりゆく時代と、ひな祭りのかたち 現代では、住宅事情やライフスタイルの変化により、大きな段飾りを出す家庭は減ってきました。コンパクトな親王飾りや、インテリア性の高い雛人形も増えています。 しかし、かたちは変わっても「願う」という本質は変わりません。 むしろ現代は、情報も価値観も多様化し、子どもたちを取り巻く環境も複雑になっています。ひな祭りは、派手なイベントである必要はありません。小さな人形を飾ることでも、季節の花を一輪置くことでもいい。そこに「あなたが健やかでありますように」という気持ちがあれば、それは立派なひな祭りです。

  • 階段が怖くなる前に。2月25日“ひざ関節の日”に寄せて…

    「最近、階段がちょっと怖い」「立ち上がるとき、膝に違和感がある」「でも、まだ我慢できるから大丈夫」それは本当に大丈夫ですかね? 今日2月25日は「ひざ関節の日」。それは単なる語呂合わせの記念日ではなく、健康寿命という社会課題に向き合うために生まれた啓発の日です。歩けることは、当たり前ではなく“未来への資産”。痛みが出てからでは遅いからこそ、今この瞬間に、自分の膝と向き合うきっかけを。にこにこ歩ける明日は、今日の小さな意識から始まります。 なぜ2月25日が「ひざ関節の日」なのか? ひざ関節の日を制定したのは、健康食品の製造・販売を行うキューサイ株式会社 です。 同社は「100歳まで楽しく歩こう」という理念のもと、2016年にこの日を制定。正式に日本記念日協会へ登録されているそうです。日付は「ニー(2)ニー(2)ゴ(5)」という語呂合わせ。さらに“にこにこ歩ける人生”という意味も込められているそうです。 背景にあるのは、日本が直面する“超高齢社会”という現実 日本は世界有数の長寿国。ですが、問題は「長く生きること」ではなく「元気に歩ける期間=健康寿命」です。厚生労働省の統計では、介護が必要になる原因の上位に「運動器の障害」があります。その中心が膝関節。 膝が痛い→外出が減る→筋力が落ちる→さらに痛む この負のループが始まります。 膝の問題は、単なる関節の話ではありません。人生の活動量そのものの問題だと言われています。 膝は体重の何倍も負担している “痛くなってから”では遅い。“痛くなる前に守ろう。” 膝の軟骨は一度すり減ると元には戻りません。だからこそ「予防」が重要になります。 歩行時、膝には体重の約2〜3倍。階段では約4倍。ジャンプでは約7倍もの負荷がかかると言われています。仮に体重70kgなら、階段で約280kg相当。これを毎日何千歩も繰り返しているのです。それでも黙って働き続けるのが膝。痛みが出るまで、存在を忘れられている関節です。「まだ若いから大丈夫」これは最も危険な思い込みです。運動不足デスクワーク体重増加筋力低下など、現代人は、確実に膝を弱らせる生活をしています。 特に太ももの前側(大腿四頭筋)の筋力低下は膝痛の大きな原因です。 痛くなってからでは遅い! その言葉は、決して脅しではありません。膝は、毎日あなたの体を何百キロという負荷から守り続けています。文句も言わず、弱音も吐かず、ただ静かに働いている。けれど限界が来たときだけ、痛みという形でサインを出します。そのとき初めて、私たちは膝の存在に気づくのです。「まだ若いから」「まだ歩けるから」その“まだ”が続く保証はどこにもありません。でも、希望もあります。膝は守れる関節です。筋力を保ち、体重をコントロールすれば、日々少し動かせば、未来は変わります。今日2月25日「ひざ関節の日」は、気づく日ですね。10年後も自分の足で歩き、笑い、挑戦し続けるために過ごしていきましょう。

  • 2月17日・祈年祭とは?国家と暮らしを結ぶ、はじまりの祭りです。

    毎年2月17日、全国の神社で「祈年祭(きねんさい・としごいのまつり)」が斎行されます。華やかな祭りというよりは、厳粛で静かな神事。しかしその意味はとても大きく、日本という国の成り立ちや、人々の暮らしと深く結びついています。 祈年祭は、その年の五穀豊穣、国家の安泰、そして国民の幸福を祈る春の大祭です。古来より日本は農耕を基盤としてきた国。お米をはじめとする穀物の実りは、そのまま人々の命や社会の安定に直結していました。だからこそ、春のはじまりにあたり「今年も実り豊かな年になりますように」と神々に祈ることは、国家的な意味を持つ重要な行事だったのです。 祈年祭の由来とは? 祈年祭の歴史は非常に古く、律令国家の時代にさかのぼります。『延喜式』にも記載があり、朝廷においても国家的祭祀として執り行われてきました。天皇自らが五穀豊穣を祈る儀式を行い、全国の神社でも同日に祭りが斎行されるという、まさに“国をあげての祈り”だったのです。現在も、東京・千代田区に鎮座する皇居では宮中祭祀として祈年祭が行われています。また、全国の総本社である伊勢神宮をはじめ、各地の神社でも同日に神事が行われます。この祭りの別名「としごいのまつり」は、「年(とし)」=稲の実りを、「こい(乞い)」=願い求める、という意味に由来します。つまり“その年の実りを乞い願う祭り”という、実に素朴で切実な祈りが込められているのです。 五穀豊穣とは? 一般的に米・麦・粟・黍・豆などを指します。これらは日本人の主食・副食を支えてきた大切な作物です。現代に生きる私たちは、スーパーに行けば季節を問わず食材を手に入れることができます。しかし、ほんの百数十年前まで、人々は天候や自然災害に大きく左右される生活を送っていました。干ばつや長雨、台風や冷害は、そのまま飢饉へとつながります。 だからこそ、春のはじまりに神々へ祈ることは、人々の生活を守るための重要な行為でした。祈年祭は、単なる宗教行事ではなく、生活そのものを支える社会的な儀式だったのです。 国家安泰と国民の幸せ 祈年祭では、五穀豊穣だけでなく「国家安泰」「国民の幸せ」も祈願されます。農作物の実りが豊かであれば、争いは減り、社会は安定します。食は国家の基盤。その考え方は、古代から現代まで変わりません。国家安泰を祈る祭りといえば、秋に行われる「新嘗祭(にいなめさい)」が有名です。新嘗祭が“収穫への感謝”であるのに対し、祈年祭は“実りを願う”祭り。いわば一年の始まりと終わりになります。 春に祈り、秋に感謝する。この循環こそ、日本人の自然観・宗教観の象徴ですね。 現代の私たちは祈年祭をどのように捉えるのが良いのでしょうか? 現在、祈年祭は多くの神社で神職のみで厳かに斎行されることが多く、一般参列を大々的に募る祭りではありません。そのため、存在を知らない人も少なくありません。しかし、その意味を知ると、この祭りは決して遠いものではないと気づきます。食べ物をいただくこと。家族が健康であること。社会が平穏であること。これらすべてが祈年祭の願いと重なります。私たち一人ひとりの生活に直結する祈りですね。 日本の祭りは、派手なものもあれば、祈年祭のように静かで厳粛なものもあります。けれども共通しているのは、「自然とともに生きる」という感覚です。春を迎える前に祈りを捧げる。その姿勢は、自然を畏れ、感謝し、共に歩もうとする心のあらわれです。テクノロジーが進み、生活が便利になった現代でも、天候に左右される農業は続いています。地震や豪雨といった自然災害も絶えません。だからこそ、祈年祭が持つ意味は決して過去のものではなく、むしろ今だからこそ再確認すべき価値なのかもしれませんね。 おわりに―春のはじまりに、願いをこめて 2月17日の祈年祭は、春の訪れを告げる静かな節目の日です。 派手な行事ではなくても、日本という国の土台を支えてきた大切な祭祀。五穀豊穣、国家安泰、そして国民一人ひとりの幸せを祈るこの祭りは、何百年ものあいだ受け継がれてきました。今年もまた、全国の神社で神職が祝詞を奏上し、神々に祈りを捧げます。その祈りの連なりの中に、私たちの暮らしもあります。日々の食事に感謝し、家族や社会の平穏を願うこと。それこそが、祈年祭の精神を今に生かすことなのではないでしょうか。春は、もうすぐそこまで来ています。今年という一年が、実り豊かで穏やかな年となりますように。

  • 食べられる今日に、そっと感謝する日。2月9日は肉の日

    2月9日は肉の日―語呂合わせから始まった、おいしい記念日 「今日は肉の日だから」この一言だけで、なぜか気分が少し上がる。夕飯のメニューを考える時間が楽しくなり、スーパーの精肉コーナーで足が止まり、焼肉屋の看板がいつもより輝いて見えるような…笑 肉の日のはじまりは、やっぱり「語呂」だった 2月9日が肉の日と呼ばれるようになった理由は、とてもシンプルです。 「2=に」「9=く」と…この語呂合わせから、食肉関連団体や精肉業界を中心に、「肉をもっと身近に、もっと楽しんでもらおう」という目的で広まってきたとのことです。 他にも、8月29日(焼肉の日)・毎月29日(肉の日)など、肉に関する記念日がいくつもあり、その中でも2月9日は、一年の早い段階で訪れる“最初の肉の節目”のような存在なのでしょうかね…。年始のバタバタが落ち着き、寒さで体力も落ちやすいこの時期。「しっかり食べて、元気をつけよう」という意味でも、肉の日はとても理にかなった記念日だと感じます。 気づけば定着していた「肉の日文化」 正直なところ、「肉の日っていつからこんなに盛り上がってたっけ?」と思う人も多いのではないでしょうか。 昔は、「町のお肉屋さんの特売、スーパーの目玉商品」と、いった存在だったような肉の日。ですがここ数年で、一気に空気が変わりました。肉の日は、SNSでの「#肉の日」投稿のなどにより、完全に「イベント化」したと言っていいと思います。「今日は肉の日だから焼肉」「肉の日なのでステーキ焼きました」そんな投稿が当たり前のように流れてくるようになりました…。毎月29日も「肉の日」といったりしていますね。 「今日は肉の日だから」この一言があるだけで、日常がほんの少し、楽しくなる。 忙しい毎日の中で、「今日は肉でいいよね」と言える日があること。それだけで、ちょっと気持ちが豊かになり、救われる気がします。高級肉でなくてもいいですし、いつもより少しだけ、“おいしい食事”を意識する日ですね。 2月9日だから、肉を食べる…。 でも本当は、今日も生きて、食べて、味わえていることを、感謝する日。「今日は肉の日だから」その軽い一言の裏側には、日々の生活への感謝が、静かに詰まっているのだと思います。

  • 鬼を追い、福を迎える一日。節分という日本の節目

    福は内、季節は動く。節分の経緯 ―「季節を分ける日」の本当の意味― 明日2月3日は節分です。節分は「鬼退治の日」というイメージが強いかもしれませんが、本来は季節の変わり目を表す日を意味します。節分という言葉は、「季(とき)を分ける」と書く通り、立春・立夏・立秋・立冬の前日すべてを指していました。ところが、現在では立春の前日=2月3日頃のみが節分として定着しています。 なぜ立春前日が特別なのか。それは、立春が「暦の上での新年」にあたるからです。古来の日本では、立春を一年の始まりと考えており、その前日である節分は大晦日のような位置づけでした。つまり節分とは、「古い一年の厄を落とし、新しい一年を迎えるための区切りの日」だったからだそうです。 この考え方に基づき行われるのが、豆まきです。鬼は目に見えない災いや病、穢れ(けがれ)を象徴し、豆には霊力が宿るとされていました。「魔を滅する(まをめっする)」という語呂合わせもあり、炒った豆を鬼にぶつけて追い払う風習が広まりました。 単なる行事ではなく、自然とともに生きてきた日本人の生活の知恵が、節分には詰まっているのです。 受け継がれ、進化する伝統 2026年の節分も、全国各地で多彩な行事が行われます。特に神社仏閣では、例年通り「節分祭・追儺式(ついなしき)」が執り行われ、地域の人々で賑わいます。 有名な寺社では、年男・年女による豆まきや、著名人を招いた豆まき行事が恒例となっており、家族連れや観光客にとっても人気のイベントです。豆だけでなく、お菓子や福袋がまかれることもあり、子どもたちの笑顔があふれる一日となります。こういった日本の文化は是非とも継承していって欲しいものです。 節分の過ごし方 ―家庭でできる、心を整える一日 節分の魅力は、家庭でも気軽に取り入れられる点にあります。まずは定番の豆まき。「鬼は外、福は内」と声を出しながら行うことで、家の中の空気が一気に切り替わります。声を出すこと自体が、気持ちを前向きに整える行為でもありますね。豆まきのあとは、年の数だけ豆を食べる習慣もあり、これは「健康を願う」意味が込められており、一年を無事に過ごしたいという願いの表れです。また、恵方巻を食べる際は、その年の恵方を向き、無言で食べきるのが習わし。願い事を心の中で思い浮かべながら食べることで、「自分は今年、どう過ごしたいのか」を静かに見つめ直す時間にもなります。豆まきや恵方巻にこだわらず、・家の掃除をして不要なものを手放す・一年の目標を書き出す・家族でゆっくり食卓を囲む といった形で節分を過ごすことも大切ですね。節分は「切り替えの日」として意識すること。それだけで、節分は十分意味のある一日になります。 節分は「一年を整えるスタートライン」 節分は、単なる年中行事ではありません。季節の変わり目に立ち止まり、自分や家族、暮らしを見つめ直すための大切な節目ですね。鬼を追い払う行為は、過去の不調や迷いを手放す象徴。福を迎える行為は、新しい可能性を受け入れる準備です。忙しい日常の中でも、節分という一日を意識するだけで、気持ちは自然と前を向くと思います。豆一粒、巻き寿司一口に込められた、日本人の知恵と願いを感じながら、2026年の一年を整えていきたいものですね。

  • 昭和の教室から、令和の食卓まで。カレーはなぜ人の記憶に残るのか

    今日1月22日はカレーの日です。そう聞いて「へぇ」と思った方も、「だから今日は無性にカレーが食べたいのか」と妙に納得した方もいるかもしれません。1982(昭和57)年1月22日。学校給食創立35周年を記念し、全国学校栄養士協議会の呼びかけによって、全国の小・中学校で一斉にカレーライスが給食として提供されました。その数、約800万人。この出来事にちなんで、1月22日は「カレーの日」と制定されたそうで す。 カレーライスは米飯給食の普及にも大きく貢献するとともに、子どもたちからも絶大な人気を得て 国民食 として不動の地位を確立しております。 給食のカレーは、なぜ記憶に残るのか 多くの人にとって、人生で最初に出会ったカレーは「家のカレー」か「給食のカレー」でしょう。特に給食のカレーは、不思議と記憶に残っています。アルミの食器・ほんのり甘くて、少しだけスパイスが効いた味・にんじんやじゃがいもが少し大きめに切られている感じ・クラス中に漂う、あの匂いそして何より、「今日はカレーだ!」と教室がざわつく、あの空気感。同じメニューを、同じ時間に、同じ空間で食べる。カレーはただの料理ではなく、共有される体験だったのかもしれないですね。 なぜ「カレー」は給食の王様なのか カレーが給食で愛され続ける理由は、実はとても合理的です。 栄養バランスが取りやすい・大量調理に向いている・好き嫌いが分かれにくい・温かく、満足感が高く、「失敗しにくい」という点もあるかもしれませません。 多少味が違っても「カレーだから」で許される懐の深さ。これは、他のメニューにはなかなかない特性ですね。 日本のカレーは、もう別物である? もともとカレーはインド発祥の料理です。しかし、日本に入ってきたカレーは、独自の進化を遂げました。 ・小麦粉でとろみをつける ・甘口〜辛口まで幅広い ・ご飯と一緒に食べる前提 ・家庭ごとに“味”がある 結果として、日本のカレーは「世界一多様で、世界一家庭的な料理」になりました。レシピは無数にあり、正解も不正解もない。だからこそ、人はカレーに「自分の物語」を重ねられるのです。 カレーは、時代を映す鏡でもあります! 昭和の給食カレー。平成のレトルトカレー革命。令和のスパイスカレー・専門店ブーム。 カレーは常に、その時代の空気を吸い込みながら進化してきました。忙しい時代には、手軽なレトルトとして。個性が求められる時代には、スパイスを主役に。健康志向が高まれば、グルテンフリーや野菜中心のカレーへ。それでも「カレー」という名前が変わらないのは、人の心を満たす本質が変わっていないからなんですね。 本日1月22日に、あえてカレーを食べる意味 正直に言えば、1月22日じゃなくてもカレーは食べられます。それでも「今日はカレーの日だから」と言って、カレーを選ぶ。その行為自体が、少しだけ人生を豊かにしてくれるのかもしれません。 大人になった今、カレーは「帰れる場所」になるような気がします。 年齢を重ねるほど、食の好みは変わります。脂っこいものがきつくなったり、量が食べられなくなったり。それでも、カレーだけは別。少し疲れた日、何も考えたくない日、なぜか無性に食べたくなる。それはきっと、カレーが「安心して戻れる味」だからかもしれないですね。

  • 正月を終えるための大切な一日、小正月

    正月の余韻に、そっと幕を下ろす日 明日1月15日は「小正月(こしょうがつ)」と呼ばれる日です。元日や三が日の華やかさとは対照的に、小正月はとても静かで、どこか控えめな存在かもしれません。しかし日本の暮らしの中では、この日こそが“正月を終えるための大切な節目”として、長い時間をかけて受け継がれてきました。新しい年を迎える喜びのあと、日常へ戻るためには、心と暮らしを整える時間が必要ですね。小正月の起源は、日本の農耕文化と深く結びついています。旧暦では1月15日が満月にあたり、月の満ち欠けとともに暮らしを営んできた人々にとって、重要な節目の日でした。大正月(元日)に対して「小正月」と呼ばれるこの日は、主に豊作祈願や無病息災、家内安全を願う行事が行われてきました。かつての農村では、小正月は「女正月」とも呼ばれ、正月の準備やもてなしに忙しかった女性たちが、ようやく一息つける日でもありました。日々の労をねぎらい、体を休め、これから始まる一年の農作業に備える。そこには、暮らしのリズムを大切にする文化が息づいています。 小正月の代表的な風習のひとつが「小豆粥」 (あずきがゆ) です。 赤い色には古 くから邪気を払う力があると信じられ、小豆粥を食べることで、病気や災いから身を守り、健康に一年を過ごせるよう願いました。また、正月のごちそうで疲れた胃腸を休めるという、実用的な意味もあったとされています。行事の背景には、常に生活に根ざした理由があるのです。 もうひとつ、小正月を象徴する行事が「どんど焼き」です。正月飾りやしめ縄、書き初めなどを持ち寄り、火にくべて焚き上げるこの行事は、年神様を炎とともに空へお送りする意味を持っています。燃え上がる火を囲みながら、一年の無事や健康を祈る光景は、地域ごとの特色を持ちながら、今も各地で受け継がれています。 日常へ戻るための、やさしい区切り 2026年も全国の神社や地域で、規模を調整しながら小正月行事が行われています。以前のように大規模ではなくとも、家族単位や地域の小さな集まりとして、静かに続けられている姿が多く見られます。人と人が顔を合わせ、同じ火を囲み、同じ願いを共有する。そうした時間は、デジタル化が進む現代において、より貴重なものになっているのかもしれません。 小正月は、単に正月を終える日ではありません。年のはじめに立てた目標や願いを、現実の生活へとつなげていく「切り替えのタイミング」でもあります。正月の高揚感が落ち着き、日常が戻ってくるこの時期に、自分自身の生活を見直し、今年をどう過ごすのかを静かに考える。小正月には、そんな内省(ないせい)の時間がよく似合います。今年一年を丁寧に生きていきたいものですね。

  • 寒さが深まる前に、心と暮らしを見直す一年で最も寒い季節へ。「小寒」が伝える静かな整えの時間。

    本日、2026年1月5日は二十四節気のひとつ「小寒(しょうかん)」です。小寒は、定気法において太陽黄経が285度に達したときを指し、2026年(令和8年)は本日1月5日がその日にあたります。暦の上では、この日から「寒の入り」となり、これから立春までの約30日間は、一年で最も寒さが厳しい時期へと向かっていきます。 「小寒」という言葉には、「寒さが小さい」という意味が含まれています。しかし実際には、この日を境に寒さは本格化し、次に訪れる「大寒」へと向かっていくため、決して油断できる時期ではありません。むしろ小寒は、これから訪れる厳冬に備えるための“予告”のような節気だといえるでしょう。 小寒は「始まりの寒さ」 日本の二十四節気は、単に気温の変化を示すものではなく、人の暮らしや心構えと深く結びついてきました。小寒は「寒さの入口」。この時期から、水が冷たさを増し、空気は張りつめ、朝晩の冷え込みも一段と厳しくなります。 一方で、自然界はすでに次の季節へ向けた準備を始めています。木々は葉を落とし、地中では春芽が力を蓄えています。私たちの目には静止しているように見える冬の風景も、内側では確実に動き続けているのです。 「寒の内」に込められた意味 小寒から立春までの期間は「寒の内(かんのうち)」と呼ばれ、古くから特別な意味を持ってきました。寒稽古、寒中水泳、寒中見舞いなど、「寒」という言葉を冠した習慣が多いのも、この時期ならではです。寒の内は、心身を鍛え、雑念を払い、物事を整えるのに適した期間とされてきました。寒さは確かに厳しいものですが、その分、空気は澄み、集中力も高まりやすくなります。余計なものを削ぎ落とし、本質に向き合う――そんな時間を持つのに、小寒は最適な節目なのかもしれません。 冬の不調が表れやすい時期 現代の生活において、小寒は身体の変化を感じやすい時期でもあります。冷え、肩こり、腰の重だるさ、睡眠の質の低下など、寒さによる不調を訴える人が増えるのもこの頃です。 特に、年末年始の生活リズムの乱れが、そのまま持ち越されやすいタイミングでもあります。食事時間の不規則さ、運動不足、長時間のスマートフォン使用などが重なることで、体調に影響が出やすくなります。 小寒は「無理に動く時期」ではなく、「立て直す時期」。勢いよく新年をスタートさせるのではなく、一度立ち止まり、身体の声に耳を傾けることが大切です。 暖房に頼りきらず、衣服で体温調整をする 湯船にゆっくり浸かり、身体を芯から温める 早寝早起きを意識し、生活リズムを戻す 冬野菜や温かい食事を取り入れる こうした小さな積み重ねが、寒さのピークを迎える大寒を乗り切る力になります。 また、家の中の整理整頓や、仕事の段取りの見直しなども、小寒に行うと気持ちよく進みやすいでしょう。外に向かって動くよりも、内側を整える――それが小寒らしい過ごし方です。 小寒の先にあるもの…春へ向かう途中で 小寒の次には大寒が訪れ、寒さはいよいよ極まります。しかし、その先には必ず立春があります。日本の暦は、厳しさの中に必ず希望を組み込んできました。 今は寒く、先が見えにくく感じるかもしれません。それでも、小寒は確実に「春へ向かう途中」にあります。2026年1月5日、小寒。それはただ寒い日ではなく、季節が静かに切り替わる大切な節目です。目立った変化はなくとも、確実に時間は進み、次の季節への準備が始まっています。忙しさの中で見過ごされがちな暦の言葉ですが、寒さの入口に立つ今だからこそ、自分の身体、暮らし、心に目を向けてる時間を持ちたいものです。

  • 国際社会の一員としての日本、そして私たちにできること…12月18日は国連加盟記念日

    日本の国連加盟が意味するもの 日本が国際連合(国連)に加盟したことは、単なる外交上の出来事ではありません。それは、戦後の混乱と試練を経て、日本が再び国際社会の一員として歩み出す決意を示した、象徴的な一歩でした。 国連加盟により、日本は国際社会のルールや価値観を尊重し、平和構築や国際協力に主体的に関わっていく国であることを世界に示しました。その後、日本は国際平和維持活動(PKO)や人道支援、災害復興支援など、さまざまな分野で国連と連携し、着実に役割を果たしてきました。 国際的な信頼と認知の獲得 国連への加盟は、国際社会における「信頼の証」とも言えます。加盟国は国際的な規範や合意を尊重し、対話と協力を通じて課題解決に取り組む姿勢が求められます。 日本はこの枠組みの中で、平和的解決を重視する国として評価を高め、各国とのパートナーシップを築いてきました。国際紛争や人道危機に対しても、軍事力だけに頼らず、協調と支援によって貢献する姿勢は、日本の大きな特徴です。 経済発展と国際協力 国連は、平和だけでなく経済発展や持続可能な社会の実現にも力を注いでいます。開発計画(UNDP)などの国連機関を通じて、貧困削減やインフラ整備、教育支援が世界各地で行われています。日本はこれらの活動に資金や技術、人材を提供し、国際協力の一翼を担ってきました。こうした取り組みは、世界の安定につながるだけでなく、日本自身の経済や国際的な信頼の基盤を強化することにもつながっています。 人権の尊重と国際法の遵守 国連は、人権の尊重と保護を重要な柱としています。加盟国は、国際的な人権基準を尊重し、国内外でその実現に努める責任を負います。 また、国際法を遵守する姿勢も欠かせません。国際法は、国と国との関係を安定させ、無用な対立を防ぐための共通ルールです。日本がこれを尊重し続けることは、国際社会との信頼関係を維持するうえで不可欠です。 広がる国際協力の機会 国連に加盟することで、日本は国際会議や交渉の場に参加し、世界的な課題について意見を述べる機会を得ています。気候変動、感染症、貧困、環境問題──これらは一国だけでは解決できない問題です。 国連という場を通じて協力することで、日本は「発言する国」として、国際社会に影響力を持つ存在となっています。 最後に──SDGsと、私たちにできること 国連は現在、持続可能な開発目標(SDGs)を掲げ、2030年までに誰一人取り残さない社会の実現を目指しています。その中の目標6は「安全な水とトイレを世界中に」。安全な水を安価に、そして安定して利用できる環境を整えることは、人々の健康と尊厳を守る基本です。世界規模の課題に対して、私たち一社ができることは決して大きくはありません。しかし、できることを、できる範囲で続けていく。その積み重ねが、やがて国際社会への貢献につながると信じています。

  • 12月3日“いちにのさんで除菌♪”が問いかける―あなたの“当たり前”は本当に安全?

    なぜ「暮らしに除菌を」の日ができたのか 私たちが普段、当たり前のように過ごす日々の中で、「清潔」「衛生」は意識の片隅にある。けれど、ふとした油断が思わぬ病気や感染症を呼び込む―そんな現実を、多くの人がこの数年で痛感しました。この「暮らしに除菌をの日」(12月3日)は、まさにその現実と向き合うために生まれた記念日です。制定したのは、香料製品やアルコール除菌剤を手がける企業 株式会社プラネットさん(大阪府和泉市)。この会社は、自社で展開する除菌剤ブランド「暮らしに除菌を」の名前を冠し、記念日として2020年に登録されました。なぜ12月3日か? それは「いち・に・の・さんで除菌♪」というキャッチコピーの語呂合わせだからだそうです。 引用: 「暮らしに除菌を」の日 (記念日 12月3日) https://bestcalendar.jp/articles/4995 現場で感じる。除菌が暮らしを支えるという事実。 この時期は冬に向けてインフルエンザをはじめウイルス性疾患が増える季節の入り口。だからこそ、「手洗い・うがい・除菌」を暮らしの中に定着させよう―そんな思いが込められていると思います。私自身、水道設備屋として、また日常を支える職業柄、「清潔さ」と「安心」に関わることの大切さを肌で感じます。だからこそ、この日は単なる“記念日”以上の意味を持っているのだと思います。 来年も、その先も。あなたと家族を守るために。 2025年は、例年より早くインフルエンザの流行が報告されており、秋から冬にかけては、呼吸器感染症や胃腸炎、季節性ウイルスのリスクが例年以上に注意される、という報告もあります。言葉の違いや目的、使う場所によって「殺菌」「除菌」「消毒」は変わる。流行りやムードに流されず、正しい理解を持つことが、結果として“安心”につながります。 私たちは、水道設備の仕事柄、“清潔な水”や“安心できる水回り環境”にこだわってきました。だからこそ、この「除菌を見直す日」は、自分の仕事にも通じると感じます。水だけでなく、手や周りの衛生にも少し気を配う。その小さな意識が、家族の安心へ、地域の安心へとつながっていくと思います。 年末が近づき、今年一年を振り返るタイミングですが、来年―そしてその先も、手洗い、うがい、などのちょっとした除菌習慣が、自身と大切な人の“安心”を支えてくれますように。

  • がんばった一年にご褒美を。いい肉の日が運ぶ幸せな晩餐。

    明日11月29日は、「いい(11)にく(29)」の語呂合わせで「いい肉の日」ですね。お休みの方も多い土曜日なので、ぜひ美味しいお肉を…。この記念日を制定したのは、もともと牛肉の中でも高品質で知られる銘柄牛「宮崎牛」の普及・PRを目的とした、より良き宮崎牛づくり対策協議会さんが、当初は宮崎牛にフォーカスした日だったそうです。今では宮崎牛に限らず、「お肉全般」を楽しむきっかけの日、さらに国内の畜産や食文化を盛り上げる “お肉のお祭り” 的な記念日に広がっていますね。 2025年の「いい肉の日」 イベントやキャンペーン情報 今年の11月29日前後も、「いい肉の日」にちなんだ各種イベントやキャンペーンが全国で展開されるようでいす。 ホテルニューオータニ東京では、2025年11月29日限定で全国の銘柄和牛を一堂に集めた「いい肉の日スペシャルコース」を提供。ステーキハウス、鉄板焼、西洋料理といった異なるスタイルで“最高の和牛”を楽しめる贅沢な時間が演出されます。 引用:ホテルニューオータニ(東京) https://www.newotani.co.jp/tokyo/press-release/2025/1129-01/ ステーキガストでは11月28日〜30日で「肉の日フェア」を実施。29日&30日はステーキとのコンビメニューがお得になるようです。 引用: スカイラークグループ ステーキガスト https://www.skylark.co.jp/steak_gusto/meat_fest/index.html 年末前の“ごちそう日和”に、ちょっと立ち止まって 秋から冬にかけて冷え込みが深まるこの時期は、温かくこってりした料理が恋しくなる季節。そんなときに、お肉の旨みや脂、満足感を存分に楽しむことで、体も心もあたたまり、「がんばった自分へのご褒美」「家族や友人とのごちそう」として、特別な時間を演出してくれますね。「ただ安ければいい」「ただ手軽だから」という選択ではなく、「本当に良い肉を知って味わう」というきっかけになるのではないでしょうか。特に、普段あまりお肉を選ばない人にとって、「いい肉の日」は “ちょっと贅沢してみよう” と思える背中を押してくれる日だと思います。

  • 道路・橋・下水道。ぜんぶ土木!だからこそ知りたい“11.18”

    毎年11月18日は「土木の日」として、私たちの生活を陰で支えるインフラや土木技術に改めて目を向ける機会として定められています。では、なぜ「11月18日」なのか…。それは 明治12年(1879年) 日本土木工業協会を含む 「土木」の分野を代表する学会、土木学会 の前身である 日本工学会(当時「工学会」)が、11月18日に設立されたことに由来し、また、 漢字の「土木」という文字を分解すると、「土=十一」「木=十八」と解釈できるという語呂あわせからだそうで、 社団法人土木学会(大学や研究所などの土木工学の専門家でつくっている団体)が、1987年(昭和62年)に定めたものだそうです。 引用:  国立研究開発法人土木研究所 https://www.pwri.go.jp/jpn/about/pr/kids/tankentai/doboku.html 土木コレクション2025が、11月20日(木)~22日(土)に東京・新宿駅西口広場イベントコーナーにて開催される予定です 11月18日から11月24日までを「くらしと土木の週間」と位置づけ、土木技術・インフラ整備の意義を社会に広めるため、各種イベント・展示・見学会が全国で行われています。 引用:  公益社団法人 土木学会 https://www.jsce.or.jp/committee/day/index.html 「土木の日」はただの記念日ではなく、身近でありながら意識されづらい“くらしを支える土木”に改めて目を向けるキッカケの日であり、私たちが毎日何気なく通る橋、使う道路、雨水を流す下水道、そして災害時に人を守る堤防や護岸など――それらの背後には多くの技術者、設計者、施工者、維持管理者の努力があることを、この日を通じて再認識したいものですね。 私たちの暮らしは、誰かの手で作られそして守られています 私たちの日常は、晴れていても雨が降っても、ふとしたときにも「当たり前」に動いているインフラに支えられています。道路がつながり、橋が架かり、雨を排水してくれる下水道があり、災害時には護岸・堤防・斜面保護・トンネルが働いています。これらはすべて、“目立たないが無くてはならない”存在です。11月18日の「土木の日」は、その存在を感謝し、そしてもう一度その価値を考え直す機会だと思います。特に、水道設備屋という立場で現場に入り、工事用品を積み、地域の“くらし”を支えていらっしゃる私たちには、非常にリアルな視点です。「この道があるのはこの構造があるから」「この下水トンネルが災害時に命を守るから」というように身近な物にも物語があります。普段は気づかない“まちの骨格”=土木インフラ…。くらしを支える静かな英雄、土木。11月18日はその存在を、改めて見つめる良い日ですね。

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