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時刻表記念日とは 日本初の本格時刻表が生まれた日を振り返る

執筆者の写真: NAKAJIMA_setubi
NAKAJIMA_setubi
10 分前
読了時間: 3分

列車に乗るとき、発車時刻を調べるのは当たり前です。けれど、その「当たり前」が出版物として日本に現れた日があります。10月5日は時刻表記念日です。

この記念日は、1894年10月5日に庚寅新誌社から、日本初の本格的な時刻表とされる『汽車汽船旅行案内』が出版されたことにちなみます。明治の日本で、鉄道や汽船による移動が広がり始めた時代。時刻表は、単なる時間の一覧ではなく、人の行動範囲を広げるための道具でもありました。


Wide-angle view of a Meiji era railway platform with travelers holding a small timetable booklet

『汽車汽船旅行案内』はどんな時刻表だったのか


『汽車汽船旅行案内』は、現在の時刻表の原型に近い内容を備えた出版物でした。発車時刻だけでなく、運賃や紀行文も掲載されていたと伝えられています。

当時の移動は、今のように検索ひとつで完結するものではありません。鉄道の路線、汽船の便、乗り継ぎ、費用、目的地の様子を知るには、まとまった情報が必要でした。『汽車汽船旅行案内』は、その情報を一冊に集めた案内書だったのです。


掲載内容は、主に次のようなものでした。


  • 発車時刻 いつ出発するかを知るための基本情報


  • 運賃 旅にかかる費用を見積もるための情報


  • 紀行文 目的地や道中の様子を知るための読み物


ただの時刻一覧ではなく、旅の計画を立てるための総合ガイドに近い存在だったそうです。現代でいえば、乗換案内、運賃検索、旅行ガイドが一体になったようなものと考えると、役割が見えやすくなります。


手塚猛昌と福沢諭吉が後押しした出版


『汽車汽船旅行案内』を発行したのは、実業家の手塚猛昌です。手塚は、福沢諭吉の勧めを受けて、この時刻表の出版に取り組んだとされています。福沢諭吉といえば、近代日本に大きな影響を与えた思想家、教育者です。西洋の制度や学問を日本に紹介し、人々の知識や判断力を高めることを重んじました。鉄道や汽船の情報を整理して広く届けることも、近代化の流れに合った取り組みだったといえます。手塚猛昌は、イギリスの時刻表を参考にしました。鉄道の先進国だったイギリスでは、鉄道網の発達にともない、時刻表も早くから発展していました。その形式を学び、日本の交通事情に合わせて出版した点に、手塚の先見性があります。この功績により、手塚猛昌は「時刻表の父」と称されています。


10月5日に思い出したい時刻表の価値


時刻表は、地味な存在に見えるかもしれません。けれど、見知らぬ土地へ向かう人にとっては、心強い案内役です。予定を立て、費用を考え、安心して出発するための土台になります。1894年10月5日に出版された『汽車汽船旅行案内』は、日本の交通と旅行文化の歩みを考えるうえで象徴的な一冊でした。福沢諭吉の勧めを受け、手塚猛昌がイギリスの時刻表に学びながら作り上げたことは、近代日本が情報を整え、社会に広げていく姿そのものでもあったのだと思います。


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